CHARACTER

2024.08.29

黒の国|ミスティカ・サンクトゥス

不相応な力を手にした不運な少女「ミスティカ・サンクトゥス」不相応な力を手にした不運な少女「ミスティカ・サンクトゥス」

ミスティカ・サンクトゥス

プロフィール

ミスティが助けるの。みんなのこと……。

 かつては裕福な暮らしを送っていたが、母が犯した致命的な過失により市民権を喪失。家族と身を寄せ合い、貧しく苦しい生活を強いられるようになった。

 さらに、黒の国の威信を懸けて生み出された魔道具が、なんの因果かミスティカを選んだ。拒否権はあって無いようなもの。妹の猛反対や母の不自然な心変わりを経て、戦いの運命に身を投じる。

 かつての明るさは影を潜めるようになったが、少女らしさは失われずに済んでいる。可愛い服を着ることが好き。週に1回、妹とともに自宅で行うファッションショーに心を救われている。

 魔剣「グラム」はなんらかの意志を持ち、所有者の魂を削りながら、犠牲者の血を魔力に換える。その魔力を以て、より強力な魔道具へと進化してゆくのである。

 ミスティカは〝家族のために〟という想いを支えに、魔剣の力に抗い続けている……。

ミスティカ・サンクトゥス

Name Mystica Sanctus
Temper 献身的 不安定
Memo 不運体質。
周囲にも不幸を振りまいていると考える。
ヒールでも厚底でも変わらず走れる。
フリルとリボンはあればあるほどいい。
Favorite 干し芋
Birth 13歳 ♀
Size 153cm
Job 魔剣の主
Family 母 妹

魂を削る魔剣グラム

Name Gram
Temper 冷酷 無慈悲
Memo 禁呪と呪詛の魔道具。
なんらかの意志を持つ。
ミスティカを傀儡とする。
物理的に重い。
Favorite 絶望した魂
Tribe 魔道具

黒の国 : マギアテ連邦

 ――この国では、利益こそ正義である。

 遠い昔の人災をきっかけに、不可能を可能にする魔法を発展させた。

 大規模術式の暴発が招いた「大崩壊」で国土は荒廃、男性は凶暴な「魔物」へ変異、女性は「魔女」へ進化した。魔女は派閥に応じて6つの小国家を築き、マギアテも連邦国として復興を遂げる。

 しかしながら、魔女たちは新魔法の開発と特許取得で財を成し、「賢者の塔」への居住権取得を考える自己中ばかり。不信と憎悪に塗れ、魔物に血塗られ、治安は絶望的に悪い。

 連邦の代表「魔女筆頭」は〝面倒事を押し付けられた残念な魔女〟に過ぎない。1年交代制であり、次期は前期がダーツを投擲して6派閥からランダムに選出される。

エスメラルダ・ニゲル

Illust. mado*pen

 現・魔女筆頭、エスメラルダ・ニゲルは3期連続で魔女筆頭に選出された凶運の持ち主。国民も戦争ゲームへ関心を示さない者が大半。どうせ惨敗の可能性が高いならと、ルール違反スレスレの魔剣「グラム」を開発。

 自分よりも〝悲運の似合う〟少女ミスティカを見出したエスメラルダは、彼女を奈落へ叩き落とした。

 戦争ゲームランキング「5位」(2024.夏時点)

ミスティカ : はじまりの物語

「いやああああああああっ!」

 黄昏刻。寂れた街外れから女性の悲鳴が響く。

 暗くなり始めた屋外を歩く者は少なく、悲鳴を耳にした僅かな者さえ、我関せずと歩き去る。

 なにより自己の利益を重要視するマギアテ連邦において、身の危険に晒されるのは自衛を怠った証。わざわざ救ってやるメリットは無かった。

「だ、誰か! 助けて、助けてよぉ……!」

 実際、彼女は護身の魔道具や護衛をつけていない。貧困層である証拠だった。

 生活費を稼ぐために危険を承知で街の外へと出掛け、帰路で凶暴な魔物に襲われ、いまに至る。

 得たはずの稼ぎも、逃走中に落としたか、どこかで盗まれた。いずれにせよ、助けられたところで謝礼を払えない。末路は「奴隷」として生きる道のみ。

「あっ!」

 街の入口を目前にして、足がもつれた。衰えた体力では体勢を直せず、勢い良く倒れ込む。

 あと少しで結界の内側。魔物の牙からは逃れられる。希望はすぐそこにあっても、わずか数メートルがあまりにも遠い。

 じゃり―― と魔物の爪が石を踏む音。すぐ後ろで聞こえた。恐怖に身がすくむ。

 瞼を固く閉じ、両手で耳を塞ぎながら〝死にたくないっ……!!〟と絶叫するのが精一杯。

「その人から……。離れろっ……!」

 あまりにも場違いな声。そして、風切り音。

 直後、魔物のおぞましい哭き声が轟いた。女性が恐る恐る目を開けると――

「お姉さん、動けそう……? 動けないなら、伏せてて……!」

 立ち塞がっていたのは、巨大な剣を構えた少女だった。頭上には朱い光輪、背中には黒い翼。大きな魔物の前足が片方、斬り落とされて転がっている。

 なんとか状況を理解できた。少女の言葉を信じ、再び縮こまる。

「ミスティが相手、だから……!」

 しばらく、怒り狂った魔物の咆哮と、剣と爪のぶつかり合う音が響いていた。

 不意に少女が叫ぶ。

「だ、ダメ! やめて! ミスティが、ミスティが戦うの……。ミスティが戦うのに……!」

 なにが起きているのか理解らない。だが、顔を上げられない。

 未知の恐怖もあったが、少女から圧倒的な魔力が放出され、震えることさえ許されなかった。

「あ、あ……。やだ……!」

 悲痛な嘆きののち、一瞬の沈黙。

「……は、あは。あははは。あははははははは!」

 変わらぬ声色のまま、狂気じみた高笑いが響いた。

(まさか、精神が壊れたの? あの剣、すごい魔道具みたいだった。あり得ない話じゃない。あの子、負けちゃうんじゃないの? それどころか、あたしもあの子に殺される……!?)

 嫌な予感とともに、女性の全身にじわりと汗が滲む。

 少女がなにやら魔物へ話し掛けていたが、内容は一切、頭に入って来なかった。

 ただひたすら地面を見つめ、最悪の末路が訪れないよう祈り続ける。

 身体の硬直が解かれ――

 次に女性が顔を上げた時には、すべてが終わっていた。

 目の前にあるのは、執拗なまでにバラされた魔物の屍と、返り血に染まった少女の姿。背中の翼は、あんなに大きかっただろうか? 振り向いた顔は恍惚の笑みを浮かべていたが、目が合った瞬間、はっと正気に返って剣を放り投げた。

 大きな音を立てて剣が地面に転がり、同時に光輪と翼が消失する。

「お、お姉さん……。大丈夫……?」

「ひっ!?」

 浮かべた笑顔も、安否を気遣う言葉も、すべてが恐ろしい。とっくに理解の範疇を超えた。

 差し伸べられた手を払い除けた女性は、腰が抜けたまま、じりじりと後ずさる。

「こ、来ないで!!」

「……ごめんなさい……。怖がらせて、ごめんなさい……」

「近寄らないで! 怪物!!」

 這いずるように街へ逃げて行った女性は、結界の内側に入ってすぐ気絶した。少女は追い掛けようと駆け出したが、結局、その足は止まる。

 街に入れないわけではない。少女は魔物でも怪物でもなく、人間なのだから。

 けれど、察してしまった。彼女を追って街へ戻ったら、無関係な者も怖がらせてしまう。街での用事は終えたのだから、あとは帰るだけ。

「ミスティは魔物を倒した。ミスティが魔女を助けた。それだけで、いいんだ……」

 自分に言い聞かせるように呟いた少女は、ささやかな魔法で返り血を落とすと、拾い上げた剣を鞘に収めて立ち去った。

◆ ◆ ◆ ◆

 幾度も開催されている戦争ゲームにおいて、マギアテ連邦は最下位を独走中。

 理由はひとつ。チームプレイが要求されるにも関わらず、ほとんどの代表選手が相互協力を拒むから。隣国の者たちが観戦しているのを好機とばかりに、派手なアピールとスタンドプレイを繰り返す。

 戦争ゲーム終了時、勝利国以外へ与えられるデメリットは魔女筆頭のみが知るところ。とはいえ、いつまでも底辺にいるのは気分が悪い。

 魔女筆頭を含む6派閥の代表は「賢者の塔」で会議を重ねた。

 チームプレイが現実的でないなら、圧倒的な強者を創出すればいい。

 かつて一度だけ戦争ゲームに出場し、たったひとりで総てを破壊し尽くした赤の国の【最凶生物】―― ザ・ワンを参考にその結論は導き出された。

 会議の場に集ったのは、いずれも天賦の才能を持つ大魔女。方針の決定直後、迅速に動いた。

 各地に散らばる禁術や呪物をより集め、器に選定された大剣にこれでもかと注入していく。のちにどのような悲劇を生み出すかも想像せず、極めて無責任に……。

 かくして生まれたのが「グラム」。血を啜って自身の糧とし、魂を弄ぶ悍ましい魔剣である。

 むしろ、完成してからの方が大変だった。

 候補者として呼び出された優秀な魔女や、他国から招集した剣士は、みな一様にグラムの呪いで斃れゆく。第三者が都合の良い主を宛がうことは不可能と察した魔女筆頭は、魔剣の〝意志〟に主探しを委ねた。

 そして――

 ごく普通の少女ミスティカ・サンクトゥスが、魔剣に選ばれた。

◆ ◆ ◆ ◆

 黒の国を窮地へ陥らせた「大崩壊」以降、男性は魔物と化し、女性は魔女と呼ばれるようになった。

 万物は魔法で創造される。子孫も例外ではない。男の子が生まれれば魔物が増え、女の子が生まれれば未来へ繋がる。各家庭の命運はフィフティー・フィフティーのギャンブルで成り立っていた。

 当然、国民の価値観や倫理観も劣悪なものへ。

 魔物を〝元・人間〟と考えれば異端者扱い。正直者は馬鹿をみる。いかにして他人を欺くかしか考えない。いまや新たな魔法の開発で財を成すのが、黒の世界ならではの生業となった。

 非常識が常識のマギアテ連邦において、サンクトゥス家はかなりマシな部類。

 代々優秀な魔女を排出してきた一族は比較的裕福であり、当代の魔女も成功者の象徴である「賢者の塔」に所属する13名の大魔女のひとり〝だった〟。ふたりの娘にも恵まれ、幸せな家庭を築いて〝いた〟。

 しかし、彼女は失態を犯した。新たに開発・流通させた魔法に致命的な欠陥が見付かり、各所から多額の賠償金を命じられたのである。

 利益にならないものは切り捨てる。向けられたのは憐憫の視線と嘲笑。大魔女の地位を剥奪され、賢者の塔から追放され、娘ふたりを抱えながらの借金地獄。

 ただでさえ治安の悪いマギアテ連邦でも最悪の辺境へ、一家は移住を余儀なくされた。

 姉のミスティカは趣味の服を、妹のアドミラリは趣味の音楽を諦めた。思い出の地を離れ、あらゆることに耐えながら必死に生きた。

 精神的にも金銭的にも限界が近付きつつあった生活に、ある日唐突な変化が訪れる。

 サンクトゥス家に、魔女筆頭の使者を名乗るふたり組が訪ねてきた。

 初めこそ警戒したものの、彼らは筆頭たるエスメラルダ・ニゲルの魔力が流し込まれた紋章を持っていたため、本物だと認めざるを得なかった。

「ミスティカ・サンクトゥスですね。あなたは魔剣に選定されました」

 ごとん。

 重い音を立て、古びたテーブルの上に巨大な剣が置かれる。

 禍々しい鞘に収められたそれは異様な魔力を帯びていた。

「ミス……。わ、わたしが剣に……? 選定され……? えっと、あの、ごめんなさい。どういうことですか?」

「言葉通りです。……ああ。そうでしたね。卑しい方々でも分かりやすい言葉に置き換えましょう」

「お嬢ちゃん、この魔剣は意志を持つんだ。〝あなたに使って欲しい〟と言っているんだよ」

 意味が分からなかったのではない。状況を受け入れられなかった。他人を思い遣れない黒の国の者、特に権力者は、その程度の発想さえ思い浮かばないのである。

 隣で聞いている妹はただならぬ雰囲気に怯え、母は険しい顔で使者たちを睨んだ。

「……魔剣の主に選ばれて、娘はなにをさせられるんですか?」

「戦争ゲームに参加し、マギアテ連邦に勝利をもたらして頂きましょう」

「ミスティカはまだ子供ですよ!?」

「出場に年齢制限はありませんので、どうかお気になさらず」

「話になりません。帰ってください」

「拒否権があるとでも? 結界の外で怯えて暮らすしかない、奴隷風情が笑わせますね!」

「…………っ」

「おまえもう黙れ……。悪いな、こいつ口が悪くてさ。でも、魔女筆頭のお達しなんだ。受け入れて欲しい」

 どうやら自分は黒の国の切り札である魔剣に、なぜか選ばれてしまったらしい。

 戦わなければならないらしい。

「で、でも、ミスティ……。わたし、剣なんて使ったことありません! なのに、戦って勝つなんて出来ない。……と思います!」

 ミスティカは苦しい生活こそしているものの、肉体的にも精神的にも至って普通の少女だ。

 剣を振るう訓練はおろか、魔法も簡単なものだけ。ふたつ下の妹が魔法学校へ通えるようになる直前、一家は身分を剥奪された。戦闘用の魔法なんてひとつも使えない。……将来どんな魔女になるかを妹と語り合った夢は、叶うかもしれない夢想ではなく、叶わない夢物語として儚く消えた。

 とにかく、大剣を振るって戦うなんて、あまりに現実から掛け離れている。

 首を何度も横に振るが、温和な方の使者は優しく微笑み、〝大丈夫〟となだめるように言った。

「グラムの潜在能力は凄まじい。それゆえ技量は不要だ。ただ振るうだけでいい」

「で、でもこんなに重そうなもの、持てません!」

「ははっ。だったら試してみるといい」

 魔剣に視線を向ける。

 なぜだか〝呼ばれて〟いるような気がして、使者の提案を断れそうにない。

「やめておきなさい。腕を痛めるだけよ」

「お姉ちゃん、なんでそんなに怖い顔してるの……?」

「えっ? そ、そう? 緊張しちゃってるのかも。えっと、でも、持ってみるだけなら……」

 母と妹の不安をよそに、ミスティカは手を伸ばした。

 吸い寄せられるように柄を握ると、触れたところから冷たい魔力が伝わった。

「……あれ?」

 力がみなぎる。少し腕を上げただけで、大剣は軽々と持ち上がってしまった。

「おおっ!」

「グラム自ら所有者に身体強化魔法を掛けるとは、素晴らしいっ!」

 使者たちがざわめく中、ミスティカは不穏な気持ちに襲われた。

 魔法の知識が浅くても分かる。魔剣から感じる、底知れない深淵――

「あ、あの! やっぱり、ミスティ……」

 魔剣を机の上に置き、断るための言葉を紡ぐ。

 しかし、使者たちはミスティカの発言を遮るように、一枚の羊皮紙を差し出した。

「失礼。大切なものを渡し忘れていた」

「無償でとは言いません。魔女筆頭からは〝サンクトゥス家に資金援助を行う〟と言伝を預かっております。もちろん魔剣を振るってマギアテ連邦のために戦ってくださるのであれば、ですがね! 借金は返せますし、卑しい奴隷の身分からも解放されることでしょう!!」

「なっ……!? み、見せてください」

 先に反応したのは母だった。

 使者が話した通りの内容が、エスメラルダの署名入りでしっかりと書かれている。

 母は逡巡した。

 かの戦争ゲームで出場選手が亡くなった例はひとつも無いという。ならば、娘たちの将来のためにも……。

 ……いや。なにを考えている。魔剣は必ずや愛娘に不幸をもたらすだろう。ダメだ。

「せっかくのお申し出ですが――」

「ママ、待って!」

 止めたのは、当のミスティカだった。

「あの! ミスティが魔剣を使って戦えば、もうこんな暮らしをしなくていいんですか?」

「ミスティカ!」

「そうだね。お嬢ちゃんは我が国の要人となる。以前に住んでいたおうちで、美味しいものを好きなだけ食べて、温かい布団で眠れるよ。ご家族のおふたりも一緒にね」

「服もたくさん買えますか? 楽器も?」

「浅ましいことですね。ですが、願いは叶います。ゲームに参加し続けてくださる限り、資金援助は続くのですから。MVPに輝くことがあればボーナスも与えられるでしょう」

 相変わらず不安気な妹と、真っ青な顔の母を、ミスティカは交互に見遣る。

 昔に比べ、妹はあまり笑わなくなった。ふくよかだった母の頬もこけてしまった。

 あの頃に戻れるなら! ……ミスティカは自分にそう言い聞かせ、深呼吸してから頷いた。

「……やります!」

「ミスティカ!?」

「お姉ちゃん!?」

「おやおや。ご家族はまだご不満のご様子……。やむを得ません。奥方様、お耳を拝借しても?」

 陰湿な方の使者が母へ何事かを耳打ちした。

 母は息を呑み、ミスティカから視線を逸らしながら、告げた。

「……娘の決断を尊重します」

「流石は元・大魔女。ご理解くださり助かります!」

「ママ!? なに言ってるの!? お姉ちゃんが危ない目に遭うんだよ!?」

「……大丈夫よ。ティアリ様の加護があるから」

「でもっ!!」

 妹と母の言い争う声が聞こえる。

 だが、ミスティカの心は決まっていた。いや、この時はもう魅入られていたのかもしれない。

◆ ◆ ◆ ◆

 冷たい風に頬を撫でられ、ミスティカははっと顔を上げた。いつの間にか放心していたようだ。

 しばし視線を巡らせ、頬を撫でたのが風ではなく、死者の魂であると気付く。

 魔物に襲われていた女性を助けたのち、傷心のミスティカが向かったのは、古びた墓場。

 生者があまり立ち寄らない場所の静けさは、不安定な精神を落ち着かせてくれる。

「ミスティのこと、心配してくれてるの……?」

 手を伸ばせば、墓地を彷徨う魂たちが温もりを求めて寄ってくる。

 死者の魂に干渉するグラムの影響を受け、いつしかミスティカにも見えざるものが視え、無念すらも分かち合えるようになった。

「そうだよね……。死んじゃったら、悲しいよね……。辛かったよね。怖かったよね。ごめんね……。でも、許してくれてありがとう」

 他国ならば人間の男性として生まれて来られたはずなのに、身勝手な理由で殺した。

 けれど、ちゃんと許可は得た。間違ったことはしていない。何度も自分にそう言い聞かせる。

 殺しは救いだ。戦うのは名も無き誰かのため。

 魔剣を使い続けるためには、魔物を殺さないといけない。そうしないと自分の魂が削られるから。自分が倒れたら家族が路頭に迷ってしまうから。

「ミスティが助けなきゃ……。ミスティが助けないと、みんな……。全部、みんなを助けるためにやらなくちゃならないことっ!!!!」

 頭を抱えながら、刷り込むように繰り返す。

 不意に聞こえた鳥の羽ばたきが、まるで呪詛のようなミスティカの呟きを遮った。

「……誰?」

 目の前に一羽のカラスが舞い降りる。

 嘴には封書がくわえられていた。ミスティカ宛であると察し、手紙を受け取る。

 封蝋に刻まれているのは、何度も見た魔女筆頭の紋章。緩慢な動作で封を破き、内容に目を通す。

「……そっか。ついにこの日が来たんだ……」

 記されていたのは、次回の戦争ゲームへの参加を促す一文。

 〝初陣での健闘を祈ってるよー★〟と、場違いなほどに明るいコメントが、エスメラルダの直筆で付け加えられている。

「……勝たなくちゃ。絶対……。ミスティが勝つんだ……!」

 手紙を握り締めながら、ミスティカは母と妹を思い浮かべる。

 日に日に精神を削られるミスティカを慮りつつも、満足のゆく食事と睡眠で生気を取り戻したアドミラリの笑顔。妹はミスティカのささやかな趣味であるファッションショーに、いつも付き合ってくれる。

 だが、母はどうだ。

 あの日以来、目を合わせて話してくれない。心なしかさらにやつれたようにも思える。

 それでも、せっかく掴んだ幸福―― 敗けて失うわけにはいかない。

 魔剣グラムの鞘が妖しい光を帯びた。